息をのむほど素晴らしかった、2つの舞台
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最近、私は幸運にも素晴らしい舞台を2つ鑑賞する機会に恵まれました。
團十郎さんによる歌舞伎『春興鏡獅子』と、世界的にも知られる森谷真理さんが蝶々夫人を演じた『歌劇 蝶々夫人』の演奏会形式公演です。
團十郎さんの初春大歌舞伎は新橋演舞場で観ました。演舞場は英語の案内がほとんどないので物語を完全に理解するのはいつも難しいのですが、言葉を超えて伝わる舞台もあります。

夜の部で特に心に残ったのは、最後に上演された『春興鏡獅子』でした。
團十郎さんは、宮中に仕える優しい小姓・弥生を演じ、その魂がやがて勇ましい獅子へと変わっていきます。
これまで私は、團十郎さんの女形としてのお芝居をあまり意識していなかったのですが、内気な小姓の姿が繊細で、気づけばすっかり見入ってしまっていました。
そして獅子へと変貌した瞬間は、まさに圧巻。特に印象的だったのは冒頭です。花道に堂々と登場したかと思うと、そのまま花道を最後まで後ろ向きに走り切り、獅子の鬣(たてがみ)が脚の間を流れるように揺れていました。私は彼が転ぶのではないかとハラハラしてしまいました。
おとなしい娘から、力強く恐ろしい獅子へ。
その劇的な変化が驚くほどの技と正確さで表現されていて、最近観た舞台の中でも屈指の名演でした。
一方、私のお気に入りの新之助さんは、今回は本来の輝きを十分に放てていないように感じました。姉のぼたんさんとともに胡蝶の精を演じていましたが、彼女のリードに頼りすぎている印象で、もっと前へ出てスポットライトを浴びてほしかったです。
女形として、まだ変化の途中なのでしょう。完成にはもう少し時間が必要ですが、それでも確実に前へ進んでいる、と感じました。
森谷真理さんの『蝶々夫人』は、2019年に演出宮本亞門による東京での公演を一度観たことがあります。
その後、「演奏会形式での彼女の舞台が本当に素晴らしいから、絶対に観るべき」と聞いていました。
1月18日(日)、山形交響楽団が『蝶々夫人』を演奏会形式で上演しました。演出は太田麻衣子さん、指揮は阪哲朗さん。ドラマティックでありながら、とても美しく構成された舞台でした。

森谷真理さんとテノールの宮里直樹さんを中心とした素晴らしいキャスト、フルオーケストラに加え、山形の高校生による複数の合唱団。
3時間に及ぶ公演は、息をのむような緊張感とともに展開されていきました。最初から最後までオーケストレーションは完璧に調和し、私たちの心を完全につかんで離しませんでした。
これは間違いなく、真理さんのベストパフォーマンスのひとつだったと思います。
彼女の深い感情がこめられた歌、その声は満席の観客の心だけでなく魂にまで触れるようでした。
キャスト、オーケストラ、合唱団。そのすべてが最高の力を出し切ったからこそ、この舞台は特別なものになったのだと思います。
すべての要素が最善を尽くしたとき、その結果は「素晴らしい」という言葉を超えたものになります。
2つの舞台を観て、私がいちばん心を動かされたのは、それぞれの完成度の高さだけではありませんでした。
その根底に流れていた、共通する精神です。
歌舞伎とオペラはまったく異なる世界にありますが、どちらも同じ真実を教えてくれました。
規律、芸術性、そして心。それらがひとつに重なるとき、時を超えて残るものが生まれるのだということを。
團十郎さんの獅子の強さと、真理さんの蝶々さんの儚さ。そこには人間の魂のふたつの姿、強さと脆さが絡み合う姿が見えました。
こんなにも近いタイミングで2つの舞台を体験したことで、生の舞台がなぜこれほどまでに重要であり続けるかを思い知らされました。
舞台は文化や時代、言葉の壁を越えて私たちをつなぎ、幕が下りた後も確かに心に残る形で私たちを変えていくからです。
