レディー・ガガのステージ

コンサートに行く時、私はいつも意識的に服装やメイクも含めてそのアーティストの世界に入り込むようにしています。アーティストは衣装やメイク、振り付け、ステージ演出に至るまで、驚くほどのこだわりを注ぎ込み、ひとつの世界観を作り上げています。その思いに応えるためには、こちらも全身で敬意を表しその場に臨みたい——私はそう思うのです。

少し前に、あるミュージシャンが「音楽とはエネルギーだ」と言っているのを耳にしました。
演者から観客へ一方的に届けられるものではなく、観客もまたエネルギーを加えていく存在なのだと。
その言葉が、ずっと心に残っていました。

2025年6月、レディー・ガガのチケットが発売されると、瞬く間に完売しました。
私は幸運なことにアーティストの近くの席を確保できました。距離が近いと、そのエネルギーを“体感”できることがあります。何年も前に観たダリル・ホール&ジョン・オーツのコンサートでは、まさにそれを感じました。

ただレディー・ガガのステージでは、物理的な近さを感じるのは少し難しかったです。
ステージがとにかく巨大で、VIPシルバー席、前から10列目ほどの位置でもある程度の距離がありました。
でもその分、演出がすべてを補って余りあるものでした。

特に「The Mayhem Ball」は圧巻でした。ファンキーで、演劇的で、大胆。
まるで大規模なハロウィンのようなエネルギーに満ちていて、客席を映すカメラには目的を持って装いを楽しむ観客の姿が映し出されていました。まるで全員が「何を求められているか」を理解しているようでした。

この2時間のショーは、コンセプト、衣装、振り付け、ステージ演出まで、すべてレディー・ガガ自身がプロデュースしたもの。
彼女は生で歌い続け、ステージ上を縦横無尽に動きながら一瞬たりとも集中を切らすことがありませんでした。ミュージシャン、ダンサー、音響、照明——すべてが完璧な調和の中にあり、私は2時間、完全に別世界へと連れて行かれていました。

そして、クライマックスが訪れます。

ステージが暗転すると、観客は一斉にスマートフォンのライトを灯しました。
するとバックステージから、メイクを落としかけたままのガガが歌い始めたのです。カメラは彼女を追い、廊下を駆け抜け、再びステージへ戻るその姿を映し出します。声は飾り気がなく、生々しく、剥き出しでした。

その瞬間、演者と観客の境界は消えました。
エネルギーは一方通行ではなく、意図と脆さを伴って、双方向に流れていたのです。
私たちが、意識と思いをもってアートと向き合うとき、私たちはただ「観る」のではなく、「参加」しているのだ——そう、改めて感じました。

今から思えば、あの圧倒的なパフォーマンスに対しては私の装いは少しもの足りなかったかもしれません。
でも、大切なのは“挑むこと”。そのプロセスにこそ、喜びがあるのだと思います。

 

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