大切な友人・瞳先生への追悼

このたび、かけがえのない友人であり、尊敬する同僚であり、ビジネスパートナーでもあった、瞳先生(赤池スキンケアクリニック 院長 赤池瞳先生)の訃報に接し、言葉にならないほどの深い悲しみに包まれています。

徳島でのダンスレッスン中、少し不安のあったステップに挑戦された際に、数年前に手術した首を再び痛めてしまったとのご連絡をいただきました。激痛に襲われ、検査を受けるため病院へ通われるとのこと。それ以降、私たちのやりとりは絵文字や短いメッセージに限られるようになっていきました。
その後しばらく連絡が取れていなかったのである日電話をしたところ応答がなかったので、メッセージを残しました。
「またお話しできたらうれしいです。少しでもつらさが和らいでいますように。」
そんな願いを込めて。

その翌日、瞳先生のメールをご代筆くださっていたスタッフの住友さんからお電話がありました。ですが今回はいつものご連絡ではなく、胸を引き裂かれるような知らせでした。
瞳先生がご逝去されたと。

信じられませんでした。
「そんなはずない、嘘でしょ」と心の中で叫びました。

わずか2か月前、5月12日・13日に東京でご一緒し、歌舞伎を楽しみ、お買い物もご一緒しました。とても素敵な時間を過ごし、7月には瞳先生のダンス公演で再会する予定も立てていました。

葬儀はまだ日程未定でご家族のみのご予定とのことでしたが、どうしても直接お別れが言いたくて、お願いして参列を希望しました。
私にとって瞳先生は、かけがえのない親友のような存在だったからです。

瞳先生は生前、周囲からの支えにとても感謝していたとご主人様が教えてくださいました。
そして「家族葬ではありますが、妻もあなたが来てくれることをきっと喜んだと思います」とおっしゃってくださいました。そのお言葉どれほど救われたかわかりません。

土曜日、私は徳島行きの最終便の席を確保して飛び立ちました。
通夜の経験はありますが日本の葬儀に参列するのは初めてでした。皆さんが黒の正装、真珠のネックレスで深い敬意を表していらっしゃる様子に驚きました。アメリカの葬儀はもっとカジュアルで、カラフルな服装も珍しくありません。私はシンプルな黒のワンピースにメッシュのローカットブーツ、真珠のアクセサリー。これなら瞳先生も喜んでくれると思ったからです。

会場では、ご主人様、娘さん、ご家族の皆さまが、まるで家族の一員のように温かく迎えてくださいました。ご家族だけの場にお招きいただいたこと、そのお気持ちに深く感謝しています。

安らかに横たわる瞳先生は、とても美しく、穏やかな表情をされていました。
誰かがそっと「ありがとうございました」とおっしゃった瞬間、私は気づきました。
「さようなら」ではなく「ありがとう」を伝えに来たのだと。

瞳先生が私の人生に与えてくださった影響は計り知れません。
ビジネスの鋭い洞察と心からの友情で、私の歩む道を豊かにしてくれました。
そして、藤井さん(ZO Cosmetics)、渡邊さん(Protea/ENVIRON)、佐登恵先生(邦楽占い)、中原さん(ダンスメイク)、栗田さん(素肌神経)、そしてHarry Winston JewelryのJJ——
瞳先生がつないでくださったご縁は数え切れません。

瞳先生はラテンダンスを心から愛していました。AndreiとNinoというチャンピオンダンサーを深く尊敬し、彼らは日本でもスターになれると確信していました。ニューヨークではAndreiと何時間も練習を重ねていたほどで、彼への憧れ、その情熱とひたむきさには並々ならぬものがありました。今年4月、大阪で彼と踊る瞳先生のステージを観ることができました。
その姿に、私自身も「人生を全力で生き、自分の情熱に従って進もう」と強く背中を押されたのです。

瞳先生、本当にありがとうございました。
あなたが遺してくれた想いは、今も私の心に息づいています。
これからも目的を持って生きること、大切な瞬間を慈しむこと、そして夢に向かって情熱を注ぐことを胸に、歩んでいきます。
あなたの素晴らしい人生を讃えて。その想いを、皆さんと分かち合いたいと思います。

「彼女の魂は、分かち合った優しさ、追い求めた夢、そして触れ合った人々の中に今も生き続けています。
その遺志が、私たち一人ひとりを奮い立たせ、人生を愛し、今という時間を大切にする原動力となりますように。」

 

 

In Loving Memory of Hitomi Sensei

 

 

 

 

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