2025年から2026年へ
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2025年最後に私がしたことは、話題の映画『国宝』を観に行くことでした。
英語字幕付きの公開をずっと待っていたのですが、なかなか叶わず思い切って足を運びました。
(鑑賞後に、一部の劇場では英語字幕で上映されていたことを知りました。現在、東京では 109シネマズ プレミアム新宿 で英語字幕上映が行われているようです。字幕付きでもう一度観て、原作小説も読むつもりです。)
上映時間は3時間。正直、最後まで観られるだろうかと少し身構えていましたが、実際は最初から最後まで完全に引き込まれていました。物語、音楽、踊り、そして映像の美しさ。そのすべてに。
私は昔から歌舞伎が大好きです。さらに最近、40年ぶりに日本舞踊を再開したこともあり、この映画は心の深いところに響きました。特に心を打たれたのは、「藤娘」「娘道成寺」「鷺娘」という三つの古典舞踊です。どれも、かつて私が学びたいと夢見ていた踊りでした。
「鷺娘」は若い頃にお稽古をしたことがありますが、舞台で踊ることは叶いませんでした。スクリーンの中の踊りを目にした時、かつての憧れがよみがえり、新たな意欲を与えられたように感じました。
踊りは芸術です。歌舞伎もまた、すべての優れた演技と同じく、芸術の極致だと思います。
台詞のすべてを理解できなかった分、物語の奥行きの一部を取りこぼしているとは思いますが、それでも、この体験は私にとって十分に意味のあるものでした。
それは、幼い頃に始めた芸術へと戻る決意を確かなものにしてくれたからです。当時は母に言われるまま続けていただけだったのですが、今はその母に心から感謝しています。学生時代を通して、日本舞踊を続けさせてくれました。当時はその価値がわかっていませんでしたが、今ははっきりとわかります。

私の最後の舞台は、大学4年生の時でした。老夫婦を演じる二人舞。
その朝、私は高熱を出し中止する選択肢もありましたが、踊ることを選びました。観客の記憶はほとんどありません。ただ、照明の中へ踏み出し、音楽に導かれるまま踊っていたことだけを覚えています。幕が下りた瞬間、私はその場に崩れ落ちました。
あの時に味わった高揚感は、その後の人生で一度も感じることのないものでした。
もう一度、あの感覚を味わいたいのです。
アメリカで育った私は、日本舞踊を西洋の芸術と同じ枠組みで捉えていませんでした。どちらかといえば盆踊りのように親しみはあるけれど、特別に高尚なものではない。そんな風に思っていたのです。それが、どれほど間違っていたか。
今、私は明確な意志をもって稽古に向き合っています。若い頃のように身体が自然に美しく動くわけではありません。それでも上達したいという気持ちは、かつてよりも強くなっています。
そして完璧さへの執着ではない、その想いこそが、真の芸術の始まりなのかもしれません。
2026年を迎える今、踊りへの回帰が、人生やビジネスにおける自分の立ち位置と驚くほど重なって見えます。
もはや自分を証明しようと焦ることも、完璧さを追い求めることもありません。その代わりに、深さ、忍耐、意義を大切にしています。それらは、時間と経験だけがもたらしてくれるものです。
だから私は、再び踊ります。
過去を取り戻すためではなく、過去を敬い、その学びを未来へとつないでいくために。
経験に導かれ、目的に根ざし、これからも成長し続ける自分に心を開きながら、
私は前を見て踊っていきます。

This photo was taken by Fredric Aranda
